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東京高等裁判所 昭和61年(ラ)538号 決定 1986年12月22日

抗告人

筆野行

右代理人弁護士

岡正晶

相手方

株式会社住宅総合センター

右代表者代表取締役

原秀三

主文

一  原決定を取り消す。

二  相手方の本件申立を却下する。

三  手続費用は原審及び当審を通じて相手方の負担とする。

理由

一本件執行抗告の趣旨は主文と同旨の決定を求めるというのであり、その理由は別紙「執行抗告の理由書」記載のとおりである。

二民事執行法一八八条、八三条一項は不動産引渡命令の相手方となるべき者の範囲を定めている。同項にいう「事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者ではないと認められる不動産の占有者」とは、立法の経緯及び同項但書との文言上の相違に鑑みると、債務者(所有者)との関係において、賃借権、使用賃貸借権等の占有権原に基づくのではなくして当該不動産を占有する不法占拠者を指称するものであつて、同項にいう「権原」とは抵当権者、買受人に対して対抗力を有するものであることまでは必要としないものと解すべきである。すなわち、差押えの効力発生前において権原を有する占有者は、その権原が買受人に対抗できない場合でも引渡命令の相手方とはならないと解される。

本件記録によれば、原決定添付別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産という)については、昭和五六年九月八日抵当権設定、同日登記(抵当権者相手方、債務者兼所有者増田恵利子)されていたところ、昭和五七年三月一日、右増田恵利子と抗告人の間において本件不動産のうち同目録記載の二階部分(以下本件不動産部分という)について、期間を三年間と定めて賃貸借契約がなされ、以后、抗告人は、右不動産部分において進学塾「概念分析ゼミ」を経営してこれを占有使用して来たこと、ところが、昭和五八年六月七日、本件不動産について、相手方から抵当権実行による不動産競売申立(横浜地方裁判所昭和五八年(ケ)第三八四号)がなされ、同年六月九日不動産競売開始決定に基づく差押登記がなされたこと、昭和六一年二月一八日相手方は、本件不動産部分を含む本件不動産につき、特別売却の方法により買受けの申出をし、同月二五日代金納付して同月二八日同裁判所により売却許可決定の言渡を受け、同年三月七日の経過により本件不動産の所有権を取得したこと、が認められる。

右の事実によれば、抗告人は、本件不動産部分について、抵当権設定登記后差押の効力発生前に債務者兼所有者より短期賃借権の設定を受けたが、その後、昭和六〇年二月末日の経過を以て期間満了したことが明らかであるところ、かような場合、抵当権者及び買受人との関係においては借家法二条の更新をもつて対抗できないところである。しかし、抗告人の賃借権は、債務者(所有者)との関係においては期間満了により当然終了するものではなく、尚、借家法二条の適用があるものと解され、本件においてはその要件事実を認めることができるから、右賃貸借契約は法定更新されたものというべきである。そして、契約更新の場合、更新后の契約関係は更新前の契約関係の延長に過ぎず更新の前后を通じて賃貸人賃借人間の契約関係は同一であると解すべきであり、更新后の契約関係をもつて更新后の契約関係とは別個の、更新を原因とする新権原であると解すべきではない。

そうすると結局、抗告人は「差押の効力発生前から権原により占有している者」であるということができる。

従つて、右のような賃借人である抗告人に対しては不動産引渡命令を発することはできないというべきである。

三以上により、抗告人に対して不動産引渡命令を発した原決定は違法であるから、これを取り消すこととし、相手方の本件引渡命令申立を却下し、手続費用は相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官武藤春光 裁判官菅本宣太郎 裁判官秋山賢三)

《参考・原決定》

〔主   文〕

一 相手方は申立人に対し別紙物件目録記載(二)の不動産を引渡せ。

二 申立費用は相手方の負担とする。

〔理   由〕

一 申立ての趣旨及び理由

申立人は、主文第一項と同旨の裁判を求め、その理由として「申立人は、基本事件において、別紙物件目録記載(一)の不動産(以下「本件不動産」という)を買受け、昭和六一年二月二五日代金を納付したが、相手方は、差押え後に短期賃借権の存続期間が満了したにもかかわらず、同目録記載(二)の不動産(以下「本件不動産部分」という)を占有している。」旨主張した。

二 当裁判所の判断

(一) 一件記録によると、次の事実が認められる。

ア 申立人は、基本事件において、昭和六一年二月一八日本件不動産を含む不動産につき特別売却の方法により買受けの申出をし、同月二五日代金を納付して、同月二八日売却許可決定の言渡を受け、同年三月七日の経過をもつて本件不動産の所有権を取得した。

イ ところで、本件不動産に対する最近順位の抵当権設定登記は昭和五六年九月八日になされ、基本事件の競売開始決定は昭和五八年六月九日登記されているところ、相手方は、期間を昭和五七年三月一日から昭和六〇年二月末日までの三年間と定めて、当時の本件不動産の所有者であつた増田恵利子から本件不動産部分を賃借し(以下「本件賃借権」という)、同所で学習塾の経営を行つてこれを占有している。

以上の事実が認められる。

そうすると、本件賃借権は、短期賃借権であるが、抵当権実行による差押えの効力が生じた後にその期間が満了したのであるから、もはや借家法二条の適用はなく、かつ、仮に相手方がその期間満了に際して所有者との間で上記賃借権を合意で更新したとしても、それは差押え後の新たな占有権原の取得と考えざるを得ず、結局、相手方は、差押えの効力発生前から権原により占有している者ではないといわざるを得ない。

なお、相手方は、本件賃借権が期間の定めのない契約である旨を主張するが、一件記録によれば、それが期間を三年とする短期賃借権であることは明らかである。

(二) ところで、相手方は、本件賃借権に関し、保証金返還請求権、必要費・有益費償還請求権を有するとし、これに基づき同時履行の抗弁及び留置権を主張するので、この点について検討する。

ア 一件記録によると、相手方は、本件賃貸借契約を締結するに際し、貸主である増田恵利子に対し、保証金一二四〇万円を支払つているところ、同契約においては、保証金に関し、借主(相手方)が本件不動産部分に与えた損害についての賠償金額を支払わなかつたり、借賃の支払を怠つたときは、貸主は保証金をもつてこの弁済に充当すること等が定められていることが認められる。

そうすると、本件保証金は、むしろ敷金的性格をも有するものというべく、相手方の本件不動産部分の明渡債務は、貸主たる増田恵利子の保証金返還債務に対し先履行の関係に立つものと解すべきであるから、両債務は同時履行の関係にないのはもとより、相手方は、保証金返還請求権をもつて本件不動産部分につき留置権を取得することはないものというべきである。

イ 次に、必要費・有益費償還請求権を有する旨の主張について検討するに、相手方は、本件不動産部分につき造作工事費等として合計三六三万五九〇〇円を支出したので、これらについて必要費・有益費償還請求権を有する旨主張し、それら金員の支出に対応する領収証等を証拠として提出しているのであるが、それら支出にかかる費用が必要費に相当することについてはこれを肯認するに足りる資料はなく、また、それらが仮に有益費であるとすれば、その償還を求めるためには、支出した費用額のみならず、それによる本件不動産部分に対する価格の増加額をも併せて立証を要するところ、それを確定するに足りる資料はない。

したがつて、必要費・有益費償還請求権をもつてする同時履行の抗弁及び留置権の主張はその前提において失当たるを免れない。

ウ なお、同時履行の抗弁を主張する点は、申立人において、保証金返還債務を承継したり、本件賃借権にかかる貸主の地位を承継すべき理由はないので、この点からも失当である。

よつて、本件申立は理由があるからこれを認容し(なお、留置権の成立が認められた場合には、それにかかる被担保債権の支払との引換給付を内容とする引渡命令をなすべきところ、本件においては、それら権利の成立自体について立証がない以上、無条件の引渡命令の発令も止むを得ない。)、申立費用の負担につき民事執行法二〇条、民事訴訟法八九条を各適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 吉田 徹)

別紙 物件目録<省略>

建物間取図<省略>

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